Virtual Architecture | shikano yasushi atelier

パノラマ写真とVR

表紙

パノラマVRに関する国内初の入門書で、クリエーターの一人として紹介していただきました。

書籍情報

書籍サポートページ
協力したクリエータのリンクや作例のリンクなどが掲載されています。

提供した作品(劇団唐ゼミ「ガラスの少尉」)のページ

作品提供の依頼をされたときは、国内初のパノラマ本で紹介されることにうれしさを感じる反面、VR関連のハウツー本を電子書籍でもウエブサイトでもなく紙の本で出版するということや、これまでの歴史を思い返すと、いまさら入門書?という気分もあり、少々複雑な心境でした。ただ、Street View、おみせフォト、Art ProjectなどGoogleの一連のプロジェクトや、サンケイによるパノラマ報道など、パノラマを取り巻く状況が大きく変わりつつあるなかで、このような本が出版されることは、ある意味エポック的な意味があり、尺度の一つになるのは確かです。単行本としてまとめる労力がいかに大変かということや、実際に本書を見て、可能な限りポイントを押さえようとしたことも理解できるので、著者の久門易氏には敬意を評しておつかれさまでした、と申し上げたいと思います。

さて、内容に関して気になることや指摘したいこともありますが、これを機会にいろいろ振り返って考えたことを書いておこうと思います。(まぁ年末ですしw)

ぼくがパノラマVRに具体的に関わるようになるのは2004年頃、当時一緒に仕事をしていた建築設計の仲間が Nikon Coolpix800+FC-8とFish4Cubeで制作していたのを知って始めたのが最初です。その後、自分用にCoolpix5400とFC-E9を入手します。このときはまだ表示サイズが小さく、きれいにつなぐことができなくて、主に仲間内の記録用としての役割でした。このFish4Cube は池田さんという日本の方が開発したソフトで、この方と荻窪圭氏のサイトを参考にしていました。荻窪氏の記事は当時のMacWireで連載されたものですから、単行本として発売されなかっただけで、影響力としては大きなものがあったと思います。つまり黎明期には国内産のソフトも解説もあった、にもかかわらず大きな動きにはならなかったと、自分は理解しています。

同じ頃、荻窪氏のサイトにもリンクが貼られている
panoramas.dk を知るのですが、これのフルスクリーン表示のQTVRがシームレスで破綻がなく大変美しくて、これが自分がのめり込むきっかけになりました。今あらためて見ると2002年にフルスクリーンQTVRのアーカイブがあり、日本の作家の作品も見ることができます。これをもっと早く知っていれば、と思わないでもありませんが、初期のデジタル一眼が高価だったことを考えると、知っていても手が出なかったかもしれません。いずれにせよ2002年のアーカイブが、いま見ても驚かされる品質であることや、黎明期だからこその技術的な工夫やチャレンジを見ることが出来て大変興味深い。この時点で技術が確立されていたことを考えると、自分の絵が果たして今日的なレベルになっているかどうか、ちょっと怖くなります。

World Wide Panorama の最初の企画が2004年で、この時すでに日本から2人エントリーされています。ぼくが初めてエントリーした2005年の年末の企画では15人ですから、ちょうどこの頃は盛り上がりがあったのでないでしょうか。ブログやBBSでの技術的なノウハウに関するコミュニケーションもありました。このあと、こうしたコミュニケーションは下火になりBBSも閉鎖されるようになるのですが、これは個人の活動が活発になったり、SNSによってコミュニケーションの形が変わったこともあるし、基本技術に関してはもう十分で、逆にそれ以上の仕事に関わるようなノウハウの公開ははばかられる、といった空気もあったかもしれません。ぼく自身、隠すような技術はそんなにないのですが、自分のノウハウは説明が面倒だったり、誰にでも適用できるかというとそうでもなかったりして、結果的に解説的な記事をあまり書けませんでした。いろいろとネット経由で教えてもらうので何らかのフィードバックや恩返しをしたい気もあるのですが、なかなか難しいです。

今はアプリケーションは使いやすく、デジタルカメラの性能もアップして、リーズナブルな雲台も発売され、ズレないように設定してステッチする、という最初のハードルは昔よりだいぶ下がりましたが、逆に求められるスキルはより高度なものになっていると感じています。刻々と変わっていく状況を見ながら、自分を見失わないようにしたいと思います。

以下、この本に書いたテキストに加筆修正したものを再録します。

パノラマ写真とVR

 Panorama と Virtual Reality の2つの言葉は意味が全く違います。パノラマは写真、絵画、映画で用いられる言葉で、横長のフォーマット、広い視野、といったような意味で理解されています。VR(Virtual Reality)はコンピュータディスプレイ上での仮想表現、プラネタリウムのような空間そのものの仮想化、ヘッドマウントディスプレイなどの直接、感覚に働きかけるもの等々、様々な手法がある概念です。パノラマとVR、どのように理解しているか、人によってずいぶん違うように見えます。また、海外ではVR Photography という言い方もあり、定義や言い方の定まらないジャンルであることは確かで、この本でもVRパノラマと表記されています。ぼくはパノラミックな概念に魅力を感じているということと、QuickTimeVR、FlashVR、MotionVRなどの経緯もあるのでパノラマVRと表記しています。

work_1
写真をクリックするとVRが開きます

 現時点でパノラマVRといえば、ここに掲載しているような水平360度×垂直180度の景色の写った写真をPCディスプレイ上でパースペクティブかつ自由な視線で表示する仕組みのことです。つまりVRと言いながらも元はスチル写真なので、その限界、可能性、面白さ、難しさなど、写真と同じように考えることも出来ます。光を読み、ときにはライティングし、露光設定し、構図を決め、タイミングを図って、シャッターを切る、といった通常の撮影行為はパノラマも同様で、それを全周360度で複数回撮影しそれをステッチすることを考えればその難しさや労力を想像できるでしょう。よく、写真は引き算、と言われますが、パノラマは足し算と言えるかもしれません。そのような技法としての難しさが結果的に写真的面白さを生んでいるとも言えるでしょう。

 建築写真では、写真家が空間構成、いわゆるコンポジションをどのように理解したかが表現されます。構図として切り取ることによる明解性と切り取らざるをえないことによる限界がそこにはあります。一方パノラマ写真ではその場に立って見える景色全てを撮影します。通常の建築写真のような明解性がない代わりに、見える景色全て一枚で見せることに別の可能性や面白さを感じます。例えば空間を読むポイントとして、先述したコンポジションの他にシークエンス(移動に伴うシーンの変化)がありますが、シーンが変化する境界や節点で撮影することでシークエンスをパノラミックに表現したり、一枚ですべて見せることによる総合的な図面、一枚絵(図)としての面白さです。

 スチル写真を元にしたパノラマVRとは別に、動画をパノラミック、インタラクティブに見せるMotion VRという表現もあります。魚眼レンズや全周が映るミラーを用いたり、最近はパノラマ写真のように分割でタイムラプス撮影されることもあるようです。時間軸に従うので、時間で移り変わる景色、コンサートやイベントなどの記録、短時間で動きを表現したいテーマに向いているかもしれせん。

 一方、時間に縛られずに自由にウォークスルーしたいという欲求があります。建築設計では、CGモデリング、テクスチャマッピング、レンダリングといったフォトリアリスティックな シミュレーションやCAD上でのウォークスルー、モデリングデータを元にしたパノラマVRの出力なども、すでに実用レベルにあります。写真を元にした3Dモデリングも可能になりつつあるし、
撮影機材で距離計測が可能になれば図面の自動作成などの可能性もあるでしょう。いずれ写真画質で距離情報を含みウォークスルーできるVRが実現するかもしれません。




写真からモデリングするアプリケーション

 そのようにVR技術や撮影機材が進化していくときに、今の写真によるパノラマVRは時代遅れになっていくでしょうか。ツールの進化で写真も変化するかもしれませんが、写真そのものが廃れることは考えにくい。しかしパノラマVRはどうでしょうか。写真技法の一つとして残るか、VRとして進化するのか、今後が楽しみです。

追記


昔話、それも技術、技法的なことばかり書いてしまいましたが、世の中には好きなテーマ、たとえば鉄道とか山とか、住んでいる土地、人、長い間継続して撮影し続けている方もいらっしゃいます。動機は人それぞれ、自分がとやかく言えることではありません。この本がきっかけで、パノラマの世界がさらに自由に広がっていくといいな、と思います。

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